『田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」』

《目次》

本との出逢い / Encounter

著者紹介

概要 / Summary

・小さくても本当のことがしたい

・腐るパン、腐らないパン、腐らないおカネ

・利潤を求めないお店

書籍情報

関連書籍

《 本との出逢い / Encounter 》

ちょうど1年頃前。2017年4月。大学4回生の春。林業研修を受けに、僕は新潟のゲストハウスに2週間ほど滞在していた。そのゲストハウスで、たまたま手に取った本。表紙は見たことがあった。こっちは見たことがある人も多いのではなかろうか。

ずっと気になっていたけれど、まだ買ってはいなかった。2週間、夜には少し時間があった。だから読んでみた。と、いうだけの偶然だった。けれど、それがあったから、いまの僕がある。


控えめに言って、すごくおもしろかった。出てくる話は、菌、発酵、微生物、循環。そして、経済、マルクス、労働、商品、資本主義。一見、マニアックな世界だと感じられるけれど、それを普通の人が読んでもわかるように書かれている。腐る「菌」と腐らない「お金」の対比は見事だった。

そして何より、著者の人柄の良さが伝わってきた。後述するが、決して「優等生」の道を歩んではいない著者。そのなかでの成功も失敗も、苦悩も喜びも、その体験を余すことなく書き、ありのままの感情を飾らずに伝える。誠実で正直な方なのだと感じた。


だから、とにかく一度直接お会いしたかった。会って何を話すわけでもないけれど。行く機会がないかと思って、Facebookで調べ、お店のページに「いいね!」を押しておく。こうすると、イベント情報が勝手に上がってくる。そして待つこと1ヶ月ほど、5月某日。ゲストを招いてのトークイベントを見つけた。都合が合ったので、真っ先に申し込んだ。イベントページが立ち上がってから10分ほど。たぶん一番乗りだったと思う。


そこで訪れたのが、鳥取県智頭町にある「タルマーリー」。直接聞くお話も本以上におもしろかった。大変な時期もあったはずだけれど、失敗したことをネタに、ユーモアを交えながら語られていた。聞き終わってもワクワクして、少しお話をさせていただいた。そこで「林業をしたいんです」と話したら、「智頭にもいるよ」と林業家の方を紹介していただいた。その縁がきっかけで、それから何度も智頭へ足を運び、そこの会社に就職することになった。

あのとき、僕がこの本を読んでいたから、僕は智頭という町に出会い、巡り巡って僕はいまここで暮らそうとしている。その出会いの、一番最初の糸口となった本であり、つないでくださった方々。そのことに、持て得る限りの感謝を忘れないように暮らしていきたいな。

(⬆️)格(いたる)さんと麻里子(まりこ)さんのサイン。二人で完成するサインが素敵。


《 著者紹介 

高校卒業後、フリーター。23歳のときに学者の父とハンガリーに滞在。食と農に興味を持ち、25歳で大学へ。30歳で卒業、新卒として農産物卸販売会社へ入社するも、不正まがいの行為が横行する会社に反発。社内から総スカンをくらう。そんな中、2002年31歳の時、夢に出てきた祖父に「パンをやりなさい」と言われ、パン屋になることを決意。会社をやめて、パン屋修行を開始。2008年に千葉で独立・開業、東日本大震災を機に岡山県真庭市に移転、2015年には地ビール事業に取り組むべく、鳥取県智頭町へ。


《 概要 / Summary 

・小さくても本当のことがしたい

いつかは、今いる世界の「外」に出て、小さくてもほんとうのことがしたい。自分が正しいと思えることをして、それを生活の糧にして生きていきたい。(p22)

この言葉が、この本のなかで一番好きだ。そして、僕が職に就き、日々を暮らす上で、指針とする言葉だ。自分の人生、自分が心から正しいと思えることをしながら、生きていきたいと思っている。

30歳、新卒で著者が入社したのは、有機農産物の卸販売会社。しかしそこで、理不尽な世界を目の当たりにする。他の産地で採れたリンゴを、契約を交わした産地へ移送して納品する。「トマトを3トンも腐らせちゃいました」と平気で言う社員。資材業者とつるんで、キックバックで私腹を肥やす上司。それを見て、著者はこう言う。

たしかに僕がこの会社で経験したことは、多かれ少なかれ、誰もが日々の仕事のなかで経験し、"大人"なら見て見ぬふりをする、世の中の"グレー"な部分なのかもしれない。
でも僕は、それから10年以上が経った今でも思う。おかしいものはおかしいのだと。(p20)

大人になること。それは理想だけを語ることから、現実を見て適応していくことかもしれない。だけれども、現実を見据えるあまりに、物事すべてに諦めを抱いては、自分を見失ってしまう。自分の心が感じた小さな「おかしい」という感覚。それが僕を僕たらしめる。その感覚さえ殺したら、個性のないロボットと同じだ。自分の心の正直な感覚を大切に、自分の仕事と向き合い、自分の暮らしと向き合い、それが周りに何をもたらすのかと向き合い、生きていく。そんな人生を歩もうと思った。


・腐るパン、腐らないパン、腐らないおカネ

自然界のあらゆるものは、時間とともに姿を変え、土に還る。それが「腐る」ということ。それは菌の働きによって、「発酵」または「腐敗」、どちらかの変化をする。土から生成されたものが、腐り、分解し、土に還り、再び生成される。これが自然の営みだ。

しかし、現代では「腐らない」食べ物をつくり出している。パンで言うイースト、一般的に言えば、添加物や農薬。これらは自然の摂理に反して、時間の流れに逆らい、「腐らない」食べ物を生み出す。ファストフード店の食べ物を置いておいた動画を見たことがあるだろうか。いくら時間が経っても「腐らない」食べ物は、「不自然」なものなのだ。

そしてもう一つ、時間が経っても「腐らない」ものがある。おカネだ。資本主義では、おカネの貸し借りによって利子を生む。時間が経っても減価しないどころか、おカネがおカネを呼び、どこまでも増殖する。自然界の資源は有限であり、時とともに腐り、循環する。一方その資源をもとに交換するおカネは、腐ることなく永遠と増え続ける。この相違の反作用が、外へ向かえば環境汚染となり、内へ向かえばバブル崩壊などの経済危機へとなる。

一見、類似のない自然と経済は、「腐ること」を通して見てみれば、その対比がよくわかる。そしていまの社会の矛盾、その原因の一つが「腐る」という自然の摂理から逸脱したおカネという存在に依るものだというのが見てとれるのだ。


・利潤を求めないお店

この「腐らない経済」の外へ。「小さくても本当のこと」を求めた著者は、タルマーリーというお店を開いた。その経営理念は、「利潤」を出さないこと。

先に書いた「腐らない」食べ物。それは「食」の低価格化をもたらす。それは、腐らないこともそうだが、技術が要らなくなるのだ。保存料を入れておけば、保存技術など必要ない。着色料を入れておけば、見た目など関係ない。「食」を生み出す「職」の技術が失われていくのだ。また「食」が安くなれば、働く人々の生活費は安く済む。するとそれにともなって給料も安くなる。つまり、「腐らない経済」は「食」と「職」を安くしてしまうのだ。(著書ではマルクスの理論をわかりやすくまとめながら論じています。詳しくは著書を。)

この考えから、タルマーリーの目指すもの。それを以下のように述べる。

「食」と「職」の豊かさや喜びを守り、高めていくこと、そのために、非効率であっても手間と人手をかけて丁寧にパンをつくり、「利潤」と訣別すること。それが、「腐らない」が生みだす資本主義経済の矛盾を乗り越える道だと、僕は考えた。(p99)
「利潤」を出さないということは、誰からも搾取しない、誰も傷つけないということ。従業員からも、生産者からも、自然からも、買い手からも搾取しない。そのために必要なおカネを必要なところに必要なだけ正しく使う。そして、「商品」を「正しく高く」売る。(p211-212)

いまの時代、「利潤を求めない」と堂々と宣言するところが、どれほどあるだろうか。この考えに至るまでの過程が、こと細かく著書には書かれている。それを読むと、いくら周りと違っても、自身の感覚に嘘をつかずに、歩んでこられた方なのだなと実感する。そして、その道のりは決して楽なものではない。それもわかるからこそ、2008年にお店を開き、今もなお続いていることがものすごくて、僕もこんな生き方をしていきたいと、自分の目指す指針となるモデルになっている。


《 書籍情報 

著書:『田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」:タルマーリー発、新しい働き方と暮らし』

著者:渡邉格

発売日:2017/03/17

出版社:講談社

ページ:270p

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《 関連書籍 》

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